第十二話
ジョーゲンフィストの地下へ
古びた城壁には、巨人サイズの城門が開いていた。扉は壊されたのか、朽ちてしまったのか、なくなっている。砦の中に入ると、地下へ向かう大きな階段があった。ミリアルやアラモスが明かりをつけ、地下へ降りていく。階段は明らかに人間仕様ではない。一つ一つの段が非常に大きい。英雄たちは、慎重に段差を飛び降りていった。
階段を下り終えると、東側へ向かって大きな通路が続いていた。奥の方に、石の巨人が1体いた。いつものようにロスが挨拶に行くと、急に殴り掛かってきた。巨人は、ロスを一発殴った後、変身して正体を現した。透明なガラスのような物質でできた、人型だった。胸と腹が透けて見えるのだが、その先にはなにやら遠くの景色が映っていた。
ロスとバルスラクが反撃するが、ガラス状の体は堅く、なかなか攻撃を受け付けない。また、魔法に耐性があるらしく、呪文もほとんど効果がなかった。リーリアが魔法の矢の呪文でコツコツ攻撃するが、体力も相当あるようで全く弱った様子を見せなかった。やがて、ガラスの巨人は時間停止の呪文を唱え、高速行動の呪文をかけてからロスに殴り掛かった。攻撃回数を増やして、アラモスの回復呪文に負けないペースでダメージを積み上げようとしたのだ。
巨人の連撃がロスの頭蓋を砕こうとしたところ、そこに赤い革鎧を着た女性が割り込んできた。左手に持った巨大な砂時計を振り上げると、巨人のげんこつをはね上げた。ガラスの巨人はその女性を見ると、急におびえたような様子を見せた。そして体の前に両手を持ってくると、空間を左右にぐっと広げた。すると、まるで両手で破かれたように黒い隙間が空中に現れた。巨人は女性を最後にちらりと見ると、空間の中に飛び込んでしまった。
女性は、以前あった「ステセロスの守り人」だった。前回は若い女性だったが、今回は中年女性に見える。ただし、同一人物なのは間違いない。彼女によれば、先ほどの巨人は「タイム・ディメンジョナル」というアウトサイダーなのだそうだ。時間軸の乱れが好きで、今のジョーゲンフィストのような場所には出没しがちらしい。彼女は、「直接手助けできるのは今回が最後だから」と言い残して去って行ってしまった。
蛇、灰、ドングリの書
その後も、ジョーゲンフィストの地下を奥に進んでいく。途中、老化の罠、コールドロンの罠、平衡感覚の罠などを潜り抜け、最終的に巨大な図書館へとたどり着いた。図書館には、機械仕掛けの門番がいて、侵入者から図書館を守っていた。いつものようにロスが挨拶から入り、攻撃を受けたところで反撃し、簡単に打ち取ってしまった。
戦闘が終わった後、図書館の中を物色しているときに、リーリアが一冊の本に目を止めた。その本は、緑色の表紙で「蛇、灰、ドングリの書」と書いてあった。リーリアが本を手に取ってみると、彼女の表情がなくなった。そして、リーリアは、図書館を飛び出すと、ここまで来た道を引き返しだした。異変に気が付いた他の人たちも、そのあとを追う。
巨人用の階段をよじ登って外に出ると、リーリアは砦の城壁の外に駆け出していった。すると、あたり一帯に乾いた、なにかがはじけるような音がした。その音がした後、リーリアは正気に戻った。ふと見ると、持っていたはずの緑の本がなくなっている。はじける音とともに、どこかに消えてしまったのだった。
すると、タイム・ドラゴンのニヌロンがやってきて、英雄たちに感謝の言葉を述べた。どうやら、「蛇、灰、ドングリの書」がジョーゲンフィストの時間の流れを乱していた原因だったらしい。ニヌロンは自分のねぐらに皆を招くと、そこにためていた宝物をすべて提供してくれた。ニヌロンは、このあと自分の生まれた場所「ステセロス」に行くと言い残して、飛び立っていった。
テラシック図書館へ
再び図書館に戻り、情報収集を開始した。途中、ミリアルが蔵書の目録のようなものを発見したので、比較的順調に情報を得ることができた。ピーコック・スピリットの大寺院は、強力な魔法で守られており、テレポートで出入りすることが禁じられているようだ。また、全体を巨大な幻の呪文で隠されており、よほどの偶然でもない限り、そこにたどり着くことはできないとのこと。
また、寺院には7つのクジャク像が建立されており、それぞれの像が寺院にいる者たちに力を与えるような仕組みになっているらしい。特に7つ目の像は、ザンダガールを不死身にしているということだった。他には、大寺院には、「アースラ」と呼ばれる、古代の神が堕落してなった怪物がいるといたという記述があった。
テレポートで入れない大寺院であるが、「ビリジアン・トランセンデンス」の儀式を使えば一度だけ大寺院内に瞬間移動できるということが分かった。この儀式には、魔法や宗教に対する知識に加えて、歌と踊りの要素が大事だということだった。
ビリジアン色の儀式
ある程度の情報収集が終わった後、マグニマーに瞬間移動して、今後の対策を練ることになった。特に大事なのが、儀式で誰が歌を歌うのかということ。今までの経験だと、アラモスが一番上手なのだが、うまく歌える時とダメなときの振れ幅が大きいのが難点だ。
そこで、ミリアルが歌唱力を向上させる魔法のヘッドバンドを作ることになった。ヘッドバンドが完成するまでの間、他のメンバーはそれぞれマグニマーで過ごすことになった。私サンディオンはアシャヴァの神殿を訪ねてみた。オードラーニが荒地だった神殿をきれいに掃除していた。ところどころに設置されている石像は、アヤヴァが作った物だろう。少しばかりお金を寄進して、信者の人たちと会話をした。今では、マグニマーの住民で、オードラーニの手伝いをしている人たちもいるらしい。
2週間ほどすると、ヘッドバンドが完成したので儀式を行うことになった。歌を歌うのは、ロス。マグニマーの街からしばらく離れた場所に、儀式に適切な場所をあらかじめ用意しておいた。リーリアが魔法陣を描き、全員が円の中に入った。リーリアの指示に従い、ミリアル、アラモスが呪文の詠唱を行い、それに合わせてロスが歌を歌う。儀式は一時間以上にもわたった。やがて視界がだんだん緑色に変わっていき、目が眩むほどの光が全員を包んだ。そして次の瞬間には、全員が建物の中の小部屋に転移していた。
受け入れの場所
転移された場所には、大きなクジャクの羽をあしらった模様が、壁に描かれていた。隣の部屋に通じたアーチを見ると、上の方に「ピーコック・スピリットの信徒たち、ようこそ!」と書いてあった。
アーチを抜けて隣の部屋まで行くと、弓を持った女性が二人立っていた。体には革鎧を付けている。門番のようなものなのだろうか。いつものようにロスが挨拶しに行くと、女性は犬歯の生えた口をかっと開いた。そして、2cmくらいの幅で何本にも編み込んだ髪の毛が一斉に毛先をロスの方に向けた。髪の毛は、赤と黒の縞模様がついた蛇だった。
メデューサは手ごわかったが、多勢に無勢、やがて倒されてしまった。
隠された湖 牢獄
建物を外に出ると、そこにはきれいな水の泉があった。ピーコック・スピリットの信者はここにきてのどを潤すのだろうか。泉から道なりに東へ進むと、小川に突き当たった。とりあえず、川下の方向へと向かってみた。すると、川を挟むような形で砦が二つあった。二つの砦は、川の上にかかった橋で行き来できるようになっていた。向かって右側の砦には、階段があって中に入れるようになっていた。左の砦には、橋から入るほか無いようだった。
砦に近づいていくと、砦の壁に空いた穴から、弓矢が撃ち込まれてきた。先ほどの、メデューサの弓兵がここにもいるのかもしれない。英雄たちはロスを戦闘に砦の階段を駆け上り、扉をけ破って中に入っていった。
階段の上には、砦に入る扉と、砦の奥にある建物の中に入る扉の二つがあった。ロスが突っ込んだのは、砦側の扉。しばらくすると、建物側の扉からも人型の怪物が現れた。腕が6本ついており、目が赤色で、体の色は黄色がかっていた。6本の腕で器用に弓矢を構えると、高速で何本もの矢を打ち込んできた。
戦闘はしばらくかかったが、やがてメデューサ2体と、6本腕を1体倒した。リーリアによると、この6本腕の人型が、アースラと呼ばれる者の一種だということだった。砦と建物の奥を調べてみると、どうやらここは外界からの侵入者を捕らえるための砦で、建物の中には侵入者を閉じ込めておく牢屋がしつらえてあった。
アースラが住んでいたであろう部屋の中には、1体のクジャク像があった。魔法がかかっているのだろう、自ら輝きを放っている。尾の部分には7本の金属製の棒が取り付けられており、1本づつ、青色、黄色、緑色、藍色、だいだい色、赤色、紫色の金属片が羽のようにあしらわれていた。
ミリアルがじっくり観察した後、「たぶん、青色じゃないかな」と、青色の羽を引き抜いたところ、クジャク像は輝きを失った。全体が、錆びた銅の像に変わってしまった。
「これで、敵だけ召喚呪文を使えるという状態ではなくなったね」と、リーリアが言った。
関所
砦にかかった橋から川下の方を見ると、すぐに断崖絶壁になっていた。川はそのまま滝となって、はるか下に落ちていっているようだ。滝つぼに水が落ちる音が、遠くからかすかに聞こえてくる。崖の高さは、相当なもののようだ。
今度は反対に、川上に向かって歩いていくこととした。しばらく行くと、川が2つの丘陵の中を通っている、あい路に出くわした。あい路には、川を挟むように石造りの建造物があった。建造物は川辺ぎりぎりに立てられ、川から見て反対側が丘陵部分にめり込むように建てられていた。2つの建物の間は、2本の橋で通行可能となっている。さながら、川が道路で、道路の上に立った城門のようになっていた。橋の上は、人間の胸の高さくらいまで石壁が覆っており、見張り台として使えるようになっていた。
その橋の上に、非常に醜い男がいて、声をかけてきた。「おーい、お前ら、ひょっとしてここをさきに通りたいのか?」
そうだといって近づいていくと、男は、豚の顔をした人間だった。「ホントは通しちゃいけないことになっているんだけど」と言って、川の方を指さした。よく見ると、鉄の柱で作った柵のようなものが城門の代わりに降りている。柵なので、川の流れには影響しない。
「オレたちの言うこと聞いてくれたら、この門を開けてあげてもいいよ。」と言ってきた。とり会えず話をきくことになり、豚男のボスに会わせてもらうこととなった。豚男のボスは、豚女。どうやら、この城門は豚人間と、ホブゴブリンのグループが川の西側と東側で勢力争いをしているらしい。ホブゴブリンのボスは、バーゲストという邪悪なアウトサイダーのようだ。
「バーゲストは、悪いやつだから退治しよう」と一致し、東側の建物に殴りこんでいった。ホブゴブリンは抵抗したが、英雄たちの敵ではなかった。バーゲストの魔法使いも、最初のうちこそ抵抗していたが、旗色が悪くなると、ディメンジョン・ドアの呪文で逃げてしまった。
ホブゴブリン達のねぐらに宝物がないか調べていると、物置の片隅にクジャク像があった。いろいろ調べた後に、ロスに黄色の羽を引き抜いてもらったところ、象が魔法の輝きを失った。
「これで、敵の防御力が格段に下がったよ」と、リーリアが言った。
森の中
川にかかった柵を引き上げてもらいながら、豚人間にこの先の地形について聞いてみた。それによると、このまま川を上流に向かったところに湖があるらしい。湖には大きな橋がかかっており、それを渡ると、湖の中の島の上に建てられた大寺院にたどりつくそうだ。一方、橋を渡らないで南の森の中を湖沿いに進むと、湖の南側に噴水があるということだった。
豚人間に礼を言って川上に向かって歩いていくと、果たして湖があった。湖の中にある小島の上に寺院が建てられていて、その小島までの長い橋が架かっていた。橋の手前には、小さな関所のような建物があった。まずは寺院ではなくて噴水のほうに行ってみることとなり、橋には近寄らないで、南の森の中に歩を進めた。
森の中はほぼ人が通らないようで、道なき道を行くこととなった。また、大きなとげのある植物が自生しているせいで、うかつに歩くとブーツの下から足に怪我を負わされるしまつだった。刃物で植物の枝をたたき折りながら進むと、森の中に木が生えていない広場に出くわした。広場の中心に、1本だけ大きな枯れた木が生えていた。
警戒しながら広場の木に近づいていくと、果たしてその木は土の中から根を足のように持ち上げ、動き出した。そればかりか、森の中に生えていた木2本を操って、アラモスやリーリアに攻撃を仕掛けてきた。
これら木の化け物たちは、枝をこん棒のように叩きつけて大ダメージを与えてくる上に、武器の破壊も得意だった。ロスのアダマンタイト製の武器と、バルスラクの斧が簡単に壊されてしまった。
絶体絶命かと思われたが、予備の武器を取り出したバルスラクが魔法の武器を壊された恨みを込めて会心の一撃を見舞い、木の化け物はあっけなく倒されてしまった。
泉へ
広場から南へは、道があった。おそらく木の化け物が歩き回っていた場所が、木の生えない道となったのだろう。しばらく進むと、道が右に大きく迂回して、湖のほうに向かっていった。湖のほとりには、長い間手入れされていない噴水があり、その噴水の上にクジャク像が設置されていた。特に、敵の姿は見当たらない。
警戒しながら進んでいくと、突然、輝く光に包まれた人型の生物が2体、宙に現れた。人型は、激しい発光により、英雄たちの視力を奪っていく。私は、木の陰に隠れ、目を細めながらことの成り行きを見守った。
倍速の呪文をかけてもらった後、ロスが噴水のクジャク像へ向かって突進していった。空中の敵を打撃で倒すことが困難なことから、クジャク像の羽だけでももいでしまおうとの試みだった。しかし、人型は、両手から灼熱の光線を放つと、ロスを焼き殺してしまった。ロスの死体は、噴水の水の中に沈んでいく。
頑丈なはずのロスがあっけなく殺されたことに、私は震えた。ミリアルとユタは防戦一方。撤退の構えを見せる。そこでリーリアが、アラモスとバルスラクをつれて噴水まで呪文で瞬間移動した。アラモスがロスの手当てをする間に、バルスラクが緑色の羽を引き抜くと、クジャク像は輝きを失った。
人型はリーリアやバルスラクに光線を浴びせかけるが、アラモスが回復に努めているので大事には至らない。やがて、リーリアが2回目の瞬間移動の呪文を使って、戦場からいなくなった。それを見届けたミリアル、ロス、私は、森の中を抜け、豚人間のいた門のところまでもどった。リーリアは、おそらく、見通しのいい川岸のあたりに移動するだろうと考えたのだ。
果たしてリーリア、ロス、バルスラク、アラモスは、湖と豚人間の砦の中間くらいの場所にいた。
「緑のクジャク像を破壊したので、敵の魔法耐性がなくなったはずね」と、リーリアは言った。
砦での一夜
退却した英雄たちは、一旦休息をとることになった。光る人型が外をうろうろしている場所では野宿したくない。豚人間のところに身を寄せようかとも思ったが、対立するホブゴブリンがいなくなった今、やつらが協力してくれるかどうかはわからない。そこで、アースラが居た砦で一晩を過ごすことにした。
豚人間は、砦の門をすんなり開けてくれなさそうだったので、飛行の呪文で建物を上から飛び越すと、2つあるうちの奥の方の砦に寝床を作った。光る人型に警戒しながら順番に睡眠をとっていたが、朝方に化け物の襲撃を受けた。
それは、大きな泥の塊に、赤い目が何個もついている、異形だった。音もなく砦に忍び寄ると、泥の塊に2本の触手を生やし、恐ろしいほどの力で殴り掛かってきた。アラモスが必死に回復の呪文をかけるが、それに負けない勢いで英雄たちに傷を負わせてくる。ロスやバルスラクが応戦するも、武器での攻撃があまり効かない。魔法にも耐性があるようだ。
結局、リーリアの魔法の矢の呪文や、武器でのコツコツとした攻撃の積み重ねで退治することができたが、倒したときには我々は満身創痍の状態となっていた。
一旦、退却
朝になって魔力と体力が幾分回復したものの、全回復とまでにはいかない。そこで、一旦マグニマーに戻って装備を充実させ、再びここまで戻ってこようということになった。リーリアとミリアルは空中移動の呪文を仲間たちにかけ、崖の上から滝の下の方までゆっくり降りて行った。滝つぼから流れ出た川は、すぐに大きな大河に合流して、西の方向に向かって流れていっていた。
大河の反対岸に移動し、振り返って今までいた方向を見ると、幻影の魔法に隠されているのだろう、ピーコック・スピリットの大寺院があるだろう場所一体が、大きな山の一部となっていた。先ほど滝となっていた川は、崖の上から流れ落ちているのではなく、山の中腹から流れ出ているように見えた。
リーリアは、次回ここに瞬間移動してくるときに備え、あたりの風景を記憶に深く刻み込んだ。そして、皆をつれてマグニマーに瞬間移動した。
(つづく)