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20231007

黄金の荷船(前編)

  作戦会議

「このままではどうせじり貧。寿命がくるまで生きていたい?なら、勝負しかない。それに、別に悪いことをしているわけじゃない。積み荷には保険がかかっている。絶対。だから盗まれてもだれも損しない。」
 力説するタリカ。その理屈なら、誰から何を盗んでもいいことになるじゃないか。アルマトランは、隣で額にしわを作っているフォウに顔を向けた。フォウはアルマトランに気付くと、諦めたように小さく首を横に振った。タリカはそれを無視して話を進める。

「オリファウントのデーターによれば、次の『荷船』は、ウィンド・フォール号という名前。ホース・アイ・オービタルプレートに停留している。そこに行って、船ごと奪う。奪った後は、全力で逃げて。ディアスポラの小惑星帯で待ち合わせ。タリカはそこにオリファウントを運んでおく。そこで荷物の積み替えをする計画。」
「ウィンド・フォール号の持ち主は、『カリストレードの予言』を名乗る集団。全員超がつくお金持ち。構成員は、カリストクラットと呼ばれる。白い色と金色が好き。あとこれ。」
 そういうと、タリカは皆にプラスティックのカードを渡した。
「これ、偽造ID。ホース・アイ・オービタルプレートに行って、ウィンド・フォール号に入るときに使って。」
 タリカは、偽造IDの作成もできるのであった。

 ホース・アイ・オービタルプレート

 ホース・アイ・オービタルプレートに到着するまでしばらく時間があったため、『カリストレードの予言』についてウバタマが調査することになった。それによると、この集団は無神論者の集まりで、宗教団体ではないようだった。(なぜか、チューファがそれを強調していた。)商慣習や法律に詳しく、お金儲けを至上の喜びとしているようだ。集めた金は豪遊して消費してはならず、貯蓄することが奨励されているらしい。そして、最終的に蓄財した金は、永遠の命を得るために使うとのことだった。
「あと、肌と肌が触れてはいけないという独自ルールがあるので、いつも肘までの長さのグローブをしています。加工食品を食べることを禁じられているので、ナチュラルな食材が好きですね。それから、白い服以外に黒い服を着ている人たちがいて、そいつらは暴力担当の構成員です。」
 途中から、チューファが割り込んで、ウンチクを披露していた。
 オービタルプレートに到着し、港のコンピューターシステムにウバタマがハッキングを試みた。ウィンド・フォール号が停留している場所を探すが、見つからなかった。

 ドックにて

 それらしい宇宙船を探してドックをうろついていると、白い船体にところどころ黄色で装飾された小型の船を見つけた。いかにもカリストクラットが好みそうな船だ。これが、ウィンド・フォール号か?アットホーム特急便のメンバーは奇抜な格好をしているので、近くでうろうろすると目立ちそうだ。
 そこで、背広一式を持っているフォウが普通の人のふりをして船の様子を見てくることとなった。近づくと、船は『ゴールデン・スレッド号』という名前だと分かった。中に入れるか調べるために扉に近づくと、警備していたのであろう、蜂のような虫型機械が襲ってきた。が、フォウは裏拳一発で虫を破壊してしまう。
「あ」
 なるだけ目立たないようにしていたフォウだが、これで警戒されたかもしれない。一旦、仲間たちが待機していたところに戻った。が、特段他に案があるわけでもない。結局、全員で船の中に入ってみることとなった。

 ゴールデン・スレッド号

 船の扉の前に立つと、なぜか扉が開いた。目の前に長い通路があって、通路の先にコントロール・ルームが見える。コントロール・ルームまで来てみたが、人の気配はしない。ハッキングして船の積み荷を調べてみるが、宝物らしきものは積まれてないことが分かった。これが、金の荷船ではないのか?

 すると、船尾から4人のクルーがしゃべりながらコントロール・ルームに入ってきた。こちらには気が付いていない。アルマトランとウバタマが全員に透明化の呪文をかけて、部屋の隅にかくれることにした。クルーは、人間の女性と、牛のような頭をした男と、額から触角が生えた男(ラシャンタ?)と、アンドロイドが1体だった。

「空船を運転するだけの楽な仕事だな」と4人が話している。「カリストクラットの船だから、この後宝を積み込むのかな」
 なるほど、これは、宝を積み込む前の、金の荷船だったのか。そうこうしているうちに、4人は宇宙船のエンジンを始動させると、ドックから宇宙空間に出発してしまった。まずい。ウィンド・フォール号ではない船に乗り込んでしまった。
 透明化の呪文が切れる前に、コントロール・ルームから抜け出して、どこか違う場所で作戦会議をすることにした。しかし、タイタスが移動するとじゃらじゃらと金属質な音が鳴り響く。タイタスは年代物の鎧を装備しているので、音がするのは仕方ないのだ。
 ゴールデン・スレッド号のクルー達は、すぐに異変に気付き、誰何してきた。その後、戦闘になったが、アットホーム特急便は簡単に4人を制圧。チューファが(やや脅しながら)交渉をした。4人のリーダーは、アダリアといった。

 アダリアによると、ゴールデン・スレッド号はカリストクラットの秘密基地のフォーチュンズ・ハートという宇宙ステーションに向かうことになっているらしい。運搬する宇宙船に賊の侵入を許したとあれば、アダリア達の責任問題になるだろう。そこで、4人はアットホーム特急便のメンバーが「ゴールデン・スレッド号に乗ってフォーチュンズ・ハートに忍び込んだ」ことを誰にも告げ口しない代わりに、アットホーム特急便のメンバーも、同じように誰にも言わないことを約束した。なお、ゴールデン・スレッド号はフォーチュンズ・ハートに到着すると、すぐに滅菌処理をされるそうだ。なので、直ちに船外へと出て行かないといけないとのこと。

 フォーチュンズ・ハートまで、ドリフトで6日かかった。途中、シャンタク鳥という、馬のような顔をして、蝙蝠のような羽をつけた(宇宙空間で羽に意味があるのか?)が襲ってきたが、それ以外は特に特筆することのない旅だった。

 フォーチュンズ・ハート

 フォーチュンズ・ハートは、ドリフト空間に存在するという不思議な人工物だった。遠くから見ると、巨大な金色の球体の赤道部分に、金色のタケノコのような突起物が設置されているように見える。巨大な太陽のオブジェのような物体だった。おそらく、内部には数百人規模の居住空間があるのだろう。

 赤道部分のタケノコ型突起物は、近づくと縦に二つに裂けて、宇宙船が侵入できるドッキング・ベイとなった。ゴールデン・スレッド号はそのまま中に入っていく。到着後、透明化の呪文をかけて船から出た。警備ロボットがいるが、視覚に頼っているらしく、こちらには気が付かない。アダリアたちは、そのまま他の船に乗り換えるようで、そのままどこかに行ってしまった。

 特急便のメンバーは、ドッキング・ベイにあった扉から、そのまま内部に入っていった。警備ロボットは難なくやり過ごせたものの、タイタスの鎧が動くたびに小さな金属音を立てているのは相変わらずだった。扉の向こう側に立っていた人間が、音に気付いて顔を上げた。真っ白な布地に、金色の飾り模様が付いた服を着ている。カリストクラットだ。

 男はいぶかしげに目を細めると、声をかけてきた。「透明化の呪文をかけているようだが、そこにいるのは分かっているぞ。フォーチュンズ・ハートで何をするつもりかわからんが、命が惜しかったらやめておけ。」

 シアン-30が小さくつぶやく「目撃者がいないのはラッキーです。排除しましょう。」確かに、あたりには他に人がいない。アルマトラン、タイタス、フォウは透明化の呪文を解いて姿を現すと、男に殴り掛かった。
 男は最初こそ抵抗したが、いかんせん多勢に無勢である。じきに降参して抵抗を止めた。

 「やや、勘弁してくれ。命だけは」
 命乞いをする男を見て、チューファが何かに気付いた。この男は「人間に見えるが、目くらましの技術を使ってそう見えているだけで、本当は違う何か」のようだ。男がしている金色のブローチが目くらましの装置だと目星をつける。
 「えーっと、あなたも何か犯罪っぽいことしようとしてたんじゃないですか?変装したりして」、チューファはそういうと、男の胸から金色のブローチをむしり取った。

 すると、男にかかっていた幻影が消え、腕が4本で、頭がタコのように長いヒューマノイドの姿に変わった。カサーダ人だ。

 「ああ、もう。やけくそだ。どうとでもしてくれ。」

 このカサーダは、エストライヤーと名乗った。いろいろ話を聞いてみると、一時期は、羽振りのよかった投資家だったようだが、最近は連続して投資に失敗して落ち目だとのこと。一発逆転をするために、次回の黄金の荷船のオークションで競り勝てないかと考え、情報収集していたらしい。チューファが黄金の荷船のオークションのことをいろいろ細かく聞くと、次のようなことが分かった。

ウィンドフォール号は、次の黄金の荷船の名前。すでにフォーチュンズ・ハートのドックに停留しており、6日後にオークションが行われる。ゴールデン・スレッド号は、その次の黄金の荷船の名前。

 「君たちも黄金の荷船を狙っているようだね?どうだい、手を組まないかな?私の代わりに黄金の荷船を手に入れてくれないか?私なら、荷船の現金化をスムーズに行えるし、小銭くらいなら軍資金もだせる。私の姿で活動できるように、そのホノグラム・ブローチも貸してあげようじゃないか。最後にいくらか手数料をくれるだけで、私は満足だ。」

 エストライヤーによれば、黄金の荷船は通常、現金化すると2000万クレジット程度の価値があるそうだ。何も手掛かりがなかったことを考えると、悪い取引ではない。アットホーム特急便の面々は、この申し出を受けることにした。

 「ちなみに、私に借りがある女性がフォーチュンズ・ハートにいる。名前はマライーン。今日この後に会うことになっているから、君たちが私に化けて会ってみるといい。いろいろ便宜を図ってくれるはずだよ。」

 エストライヤーはさらに、フォーチュンズ・ハートに宿泊している部屋の鍵まで渡してくれた。これで、寝場所に困ることもない。エストライヤーとはここで別れ、宿泊先へと向かった。

 マライーン

 エストライヤーの宿泊先は、一軒家だった。人間とサソリのアイノコのようなロボットが迎え入れてくれた。リビングでエストライヤーの情報端末を使用すると、個人口座に100万クレジットが入っていることと、エストライヤーの今後の予定が分かった。

マライーン・サルヴァリスと面会:今日

イダリスタイルのティー・セレモニー:1日後

食事会:3日後

カブラット・リボン・ダンス 5日後

オークション:7日後


 マライーンとの会うのは、「プリクシー・マリ」と呼ばれるレストラン・バーとのことだった。面会の時間が迫っていたので、一行はそのままプリクシー・マリに向かう。
 行ってみると、プリクシー・マリは高級レストランのような装いだった。考えてみれば、フォーチュンズ・ハートに安い店などないのだ。チューファは、ホログラム・ブローチでエストライヤーに化けているので違和感はない。フォウは自前のスーツに着替えていたので、ぎりぎり場違いではなかったが、残りのメンバーは極めて異様だった。
 全員で中に入ると、天井にシャンデリアが備え付けられ、丸いテーブルに、銀色のベルベットの椅子が並んでいる室内が現れた。料理に使われているであろうスパイスの香りが立ち込めている。クラッシック音楽が軽やかに流れ、人々の会話が聞こえてくる。
 が、アットホーム宅急便の一行に気が付いたのだろう、会話が一斉に止まった。そして、小さなひそひそ声に変わっていった。

 チューファは、マライーンの特徴に会う女性を必死に探し、奥のテーブルに見つけた。黒い髪、黒い肌の人間の女性。カリストクラットらしく、白い服、長い手袋、金の髪留めをしていた。チューファはそのままマライーンのテーブルまで速足で向かうと、彼女の反対側の椅子に座った。残りのメンバーは、チューファの後ろで起立して様子を見た。

 「あら、ずいぶんと変わった手下を雇い入れたみたいね、エストライヤー。あんまり変なこと考えていないでしょうね?」

 マライーンは、眉間にしわを寄せて、チューファに話しかけた。

 「私のことはどうでもいい。今日は、君がどうやって借りを返すのかについて話すために来たのだ。」

 チューファは、精いっぱいエストライヤーの真似をした。これがうまくいったのか、マライーンは聞いてもいないことをいろいろと話し始めた。

 「分かっているわよ!すぐに支払えるお金はないから、情報提供で勘弁してよ。あなたがここにいるのは、黄金の荷船を手に入れるためでしょう?ウィンドフォール号のオークションの参加者なんだけど、何人かわかったわ。まず、スルサ・インダストリーのカンティール・スルサが怪しいわよ。傭兵業と、軍事関係で財を成した男なんだけど、なぜかフォーチュンズ・ハートにいるの。場違いだわ。」

 あんた達もね。と言わんばかりに、マライーンは、チューファの後ろに立っている面々に素早く目をやった。

 「あと、セヴァランナ・ピロスはまず間違いなく参加者でしょうね。鉱石や希少金属を扱う商社を経営している人なんだけど、どうやら今回の荷船には、鉱石がたんまり積まれているらしいの。彼女だったら、現金化する際に普通の人とは比べ物にならないくらいの利益を上げられるわ。」

 「他に2〜3人、参加者がいると思うんだけど、今分かるのはそれくらいね。」

 マライーンがそういうと、シアン-30が思わず口を開いた。

 「つまり、オークションの他の参加者がいなくなればいいんですね?」

 それを聞くと、マライーンは眉毛を吊り上げ、高い声を上げた。

 「誰がしゃべっていいと言った?このポンコツ!ご主人様達が話している間はじっとしていろ!」

 カリストクラットは、上下関係にうるさいのだ。マライーンは、チューファを見つめると、心配そうに言った。

 「エストライヤー、本当に変なこと考えてないでしょうね?こんな変なやつら集めて、何をしようとしているの?フォーチュンズ・ハートで事件なんかを起こしてしまったら、身の破滅だってこと、分かっているでしょう?私はあなたに借りがあるけど、そうなってしまったら助けることはできないわ。」

 チューファは、軽く咳ばらいをすると、落ち着いたトーンで話した。

 「この者たちは、訳があって、身辺警護のために雇い入れているだけだよ。心配はいらない。まだ雇って日がたってないから、礼儀がなってないところは容赦してほしい。」

 マライーンは、その言葉を信じてよいか決めかねているようだったが、最後にこういった。

 「ああそうだ。エッジ・コープのCEOもフォーチュンズ・ハートに来ているらしいわよ。なんでも、カブラット・リボン・ダンスのファンなんですって。じゃ、他にも情報が手に入ったら連絡するから。くれぐれも変なことしないでね。」

 そういうと、彼女は席を立った。

 イダリスタイルのティー・セレモニー


 翌日はティー・セレモニーに参加の予定だった。調べてみると、かなり格式の高い集いのようだ。全員で参加すると、昨日のように奇異の目で見られるかもしれない。最悪、追い払われる可能性もある。そこで、変装しているチューファと、比較的ましな格好をしているフォウの2人だけで参加することとした。他のメンバーにも様子が分かるように、テレパシーで意思疎通ができるように準備をしておいた。

 ティー・セレモニーの会場は、特別にしつらえられた会場だった。カリストクラットでも、それなりの地位がないと出入りできなさそうだ。部屋の中には、空中にランタンが複数浮いており、あたたかい色合いで落ち着いた空間を演出していた。長いテーブルに、木製の椅子が名レベラれており、椅子には白い布がかぶせられていた。
 チューファとフォウが会場に入った時には、すでに参加者が15人ほどテーブルに座っていた。みな一様に白い服を着ている。
 テーブルの上には、ティーポッドと、木製のツールが置いてあった。部屋はシナモンの香りがしている。チューファはテーブルの中央付近に座り、フォウはその後ろに起立する格好となった。

 やがて部屋の奥にかかったカーテンが開いて、カサーダ人の老人が現れた。それまで歓談をしていた参加者たちが、静かになる。

 「私が、ガラインの宝石の眼、ヴルディー家、ソリス一派のハロル・モラ・ケルヴェスである」

 老人は厳かにいうと、木製のツールとティーカップを参加者の前にそれぞれ配っていった。ツールやカップの受け取り方にもマナーがあるらしい。チューファは見様見真似でなんとかそれらしくやり過ごした。

 次に、ティーポッドを参加者に回し始めた。参加者はそれぞれ隣の参加者のカップにお茶をそそぐのがルールのようだ。チューファがうっかりお茶をこぼしそうになるが、フォウがそれとなくティーポッドを支えてその場をしのいだ。

 一通りお茶が行き渡ると、再度歓談が始まった。フォウは、参加者の中のエルフの女が「荷船」について小声で話していることに気が付いた。エルフの名前は、タエラリニスというらしい。「タエラリニスというエルフの女性を調べられるか?」とフォウがひそひそ声でつぶやくと、ウバタマから反応があった。「タエラリニス。気が強い性格のエルフ。バイオテック複合会社経営。ライバルはズラナイというウィッチ・ウィルドの女性。駆け引きをするなら、ズラナイを上手く使うとよい。」

 それを聞いたチューファが、タエラリニスに話しかけた。

 「えー。お初にお目にかかります。私、エストライヤーと申すものですが、さきほど、荷船についてお話しされていましたか?」

 タエラリニスはそれを聞くと、目を丸くして言った。

 「あら、エストライヤーさん。何の冗談でしょう?お初ですって?面白い」

 間違った。知り合いだったらしい。

 「はい。冗談です。はは。それはそうと、タエラリニスさんは、今度のオークションに参加のご予定なんですか?」

 それを聞くと、タエラリニスは値踏みするような目でチューファを見た。

 「それを聞くってことは、エストライヤーさん、あなたも参加なさるのかしら?ふふふ。私、今回、とある人がオークションに参加するって聞いて、参戦しようと思ったんですよ。」

 よかった。話題をそらすことができた。チューファは続ける。

 「とある人とは?」

 タエラリニスはつづけた。

 「秘密です。仮に、『年増』としておきましょうか。私、『年増』に一泡ふかせようといつも思っておりますのよ。」

 ウィッチ・ウィルドの寿命は、エルフより長いと聞く。『年増』がズラナイを意味しているのは明らかだった。チューファは、『年増』に共闘しようともちかけ、ぼろが出ないうちに連絡先を交換して、セレモニー会場を後にした。

 その後、ウバタマが調べたところによると、ズラナイは、とても長い間カリストクラットをやっていることが分かった。およそ、生物とは思えないくらい長い間生きているらしい。バイオテック、メディカル系の会社を経営していて、本業でもタエラリニスと競合しているそうだ。

 カンティール・スルサ


 午後は、カンティール・スルサを訪ねることにした。軍事関係を生業としているとのことなので、アットホーム特急便のメンバー全員で向かった。おそらく、身なりで門前払いされることはないだろう。

 カンティールは、一行を歓迎してくれた。茶色がかった髪の毛と、同じ色の鼻髭を蓄えている中年の男だ。リビングに通された後、カンティールとチューファが向き合って座り、チューファのソファーの後ろに、全員が控えるという位置取りとなった。カンティールは、チューファと話しながらも、ときどき、後ろのメンバーをちらちら見ていた。軍事関係者から見ても、一行の服装は、場違いすぎるのだろうか?

 「つまり、あれか?ワシに、黄金の荷船のオークションに参加するのを止めろ、ということか?特に見返りもなく?」

 カンティールは、しばらくチューファと話した後、そういった。

 「ええ、まあ、そういうことです。見返りに関しましては、それ相応のことを検討しなくも、ごにょごにょ」

 チューファがそういうと、なぜかカンティールは顔をほころばせた。

 「よし!では、勝負だ!ワシと勝負して勝ったら、言うことを聞いてやろう。実は最近、この『超電磁棒』ってのを買い付けてな。一度でいいから実際に使ってみたかったんじゃよ。まあ、ワシが戦場に行って使うわけにもいかないし、そこら辺の奴らに使ってみるわけにもいかなんでな。合意の上での非致傷戦闘なら、問題ないじゃろう。」

 カンティールはそういうと、手元にあったリモコンのスィッチを押した。すると、リビングの壁がすっと横に動き、奥にプロレスのリングのようなものがある部屋が現れた。

 「鎧を付けるから、少々待ってくれな。この鎧と盾も、掘り出し物だったんじゃよ。いやー。使えることになって、うれしいわい。」

 鎧と盾をつけたカンティールは、中世の騎士が警棒を持っている、ような奇抜な格好をしていた。リングの中央によじ登ると、誰から挑戦するか決めようとしていた一向に、こう言った。

 「なんじゃい。一度にかかってこんかい。」

 いいんですか?アットホーム特急便の前衛は、リングの上に上った。チューファは、「エストライヤーだったら、戦闘に参加しないだろう」と思い、リングの外で待機することとした。

 「こんなんで死ぬのはばかばかしいからな。非致傷での勝負で頼むぞ。では、開始!」

 カンティールが宣言すると、まずはアルマトランが動いた。自身に幻影の呪文をかけつつ、カンティールに峰打ちをしかける。カンティールは、盾でそれをさっといなした。次にフォウが指突をしかけるが、高品質の鎧がそれをはじく。カンティールは、なかなか防御に優れているようだ。

 そこへ、タイタスがツルハシを振り回して攻撃した。ツルハシの先端は危険なので、横に90度回転させた先端の金属を、こん棒の要領で叩きつける。カンティールの鎧がそれをはじこうとするが、面で攻撃されているためにうまくいかない。カンティールは、嬉しそうに声を上げた。

 「なかなかやりおる!だが、今度はこっちの番じゃ!超電磁たつまき!」

 左手に持ったこん棒の先が青白く光ると、空気がこすれるような音がした。左手を伸ばしつつ、くるりと時計回りに一回転すると、こん棒の先から立ち上った電撃が、タイタス、アルマトラン、フォウの3人を襲った。

 ウバタマが防電の呪文をタイタスにかけていたため、タイタスだけはなんとか耐えられた。しかし、アルマトランとフォウが一気に瀕死になってしまう。ウバタマが呪文を唱えてカンティールの行動を阻害しようとするが、抵抗されてしまった。

 チューファは、リングの外から回復呪文を唱える。チューファはシャーマンなので、踊り、歌いながら呪文を唱えないといけない。カンティールはそれを見ると、笑っていった。

 「おほう!踊るカサーダか!いいもん見たわい」

 そのとき、油断したカンティールのこめかみに、フォウが掌底を叩きつけた。ダメージはそれほど入っていないが、カンティールが一瞬、平衡感覚を失う。そこへ、タイタスがまたしても横にしたツルハシを叩きつけた。

 「いかん!こちらも本気を出さんとな!」

 カンティールはそういうと、電撃をまとったこん棒で三人を順番になぐりつけた。タイタスも瀕死になる。アルマトランとフォウは、なんとか歯を食いしばって立っていたが、押されただけで倒れそうなほどふらふらだった。

 「なんと!これを耐えるか!」

 アルマトランが剣で襲い掛かる。カンティールがそれをよけたところにフォウが蹴りを入れた。カンティールはバランスを崩して、しりもちをついてしまった。そこに、タイタスがツルハシを振りかぶって近づいていった。

 「待った!降参じゃ!」

 カンティールは、降参を宣言すると、両手を上に挙げた。

 イクサンダー・メリネスタ


 その翌日。目が覚めた後、エストライヤー宅で情報端末をチェックしていると、イクサンダー・メリネスタという人物からメールが入った。要件は「ウィンドフォールの件について」だ。会って話をしたいらしい。

 今日は夕方に食事会が企画されているが、それまでは特に用事がない。会うことを了承して返事を送ると、レストランの名前と場所が送られてきた。ここで会うということだろう。今回は、チューファ、フォウ、アルマトランの三人で向かうこととした。

 指定されたレストランは、フォーチュンズ・ハートの外周にあった。天井が硝子張りになっており、外のドリフト空間が天井越しに見える。フロアには自動演奏のピアノが置いてあり、落ち着いたメロディを奏でている。受付に促されていった先には個室があり、そこに男女ののベルセス人が待っていた。

 男がイクサンダー・メリネスタと名乗り、女はザイス・ベックスと名乗った。イクサンダーは、ダークサイド製油所を経営しているらしい。

 椅子に座ると、食事が運ばれてきた。今回は、アルマトランとフォウの分も給仕された。ソルガム入りのおかゆ、ソラマメ入り。蝶の蛹のコンフィと鹿肉。イクサンダーはおかゆをスプーンで一口食べると、おもむろに口を開いた。

 「エストライヤー様は、黄金の荷船のウィンド・フォール号をオークションで落札しようとされている。しかし、十分な金がない。そうでしょう?それにエストライヤー様は、、エストライヤー様とお呼びするのが適切かどうかはおいておいて、他のオークションの参加者が誰なのか、すべてお分かりになってない。違いますか?」

 どこまで知っているんだ、この男は?チューファは警戒して、言葉を選んだ。

 「いやー、何をおっしゃっているのかよくわかりません。おいしいですね、このおかゆ」

 イクサンダーは、笑いをかみ殺しながら言った。

 「いえ、そのような駆け引きは止めましょう。我々は、味方です。助け合うことができます。」

 チューファは、何も応じなかった。イクサンダーは、続ける。

 「私たちが求めている物は、たった一つ。ウィンド・フォール号に積み込まれている、セキュア・データー・モジュールです。これを渡してほしいのです。」

 チューファは、いぶかしげに質問した。

 「なぜ私に?」

 イクサンダーは、顔を明るくして、続けた。

 「カリストクラットには頼めないことなのです。ですが、『この』エストライヤー様なら、カリストクラットではないので頼めるのではないかと考えた次第でしてーーー。」

 「知られていないことですが、オークションのシステムにバグがあるのですよ。フォーチュンズ・ハートは、ドリフト空間にあるため、通常の電子決済ができません。そこで、特別な決済の仕組みを使うことになるのですが、この仕組みには、システム間の連携時に、微妙なタイム・ラグが発生します。これを人為的に長引かせることによって、事実上、持ち金以上の金額でビッドを行うことができるのです。」

 「それを行うためのツールが、『ジャマー』と呼ばれるものです。我々は、これを提供することができます。」

 2000万クレジットのオークションが、そんなに脆弱なセキュリティしか持っていないものなのか?チューファは、できる限り言質を取られないように話をはぐらかし、再度連絡することを約束してレストランを後にした。

 ウィッチ・ウィルドのズラナイ


 食事会の参加者を調べてみたところ、ズラナイが現れることが分かった。エストライヤーとは、旧知の仲のようだ。タイタス達は、レストランのドレスコードにあう服装を購入して、食事会に参加することとした。

 食事会では、ズラナイがチューファの隣にくるように差配し、直接話を聞くこととした。ズラナイは、顔の大部分を頭巾で覆っていて、はっきり見えるのは目の周りだけだった。口は鼻のあたりから垂れさがった布が隠しており、食事はその布の下にフォークで運んで食べていた。

 「エストライヤーさん、あなた、最近投資に失敗したでしょう?」

 ズラナイが、小さな声で言った。目の前の皿を見つめながら、四本の腕で、それぞれカトラリーを器用に使っている。

 「冒険のし過ぎは良くないですよ。長く生きない生物には、分からないことかもしれませんが。」

 助言しているのか、叱責しているのか、よくわからない言い方だった。

 「それで今度は、黄金の荷船を競り落として、一発逆転狙いですか。ギャンブルは良くないですよ。」

 お見通しのようだ。

 「いやー、実は、また新しいビジネスを考えていまして。ネクログラフトのことはご存じだと思うんですが...」

 それを聞くと、ズラナイは顔をチューファに向けた。頭巾の隙間から、目の周りの青ずんだ灰色の肌が見える。

 「ネクログラフトが新しいビジネス?どういうことですか?あんなものが?」

 まずい。なんだかズラナイがよく知っている領域の話を適当に話してしまったようだ。チューファの後ろに立って話を聞いていた他のメンバーの顔色が悪くなる。

 「実は、シャンタック鳥の成分と合成すると、ヘルスケアに有効な物質が抽出できまして...」

 さらに続ける。ズラナイは、およそ10秒ほどチューファの顔をみると、また皿の方に顔を向けた。

 「冒険のし過ぎは良くないですよ。それにしても、ネクログラフトに、シャンタック鳥ですか。」

 その後、ズラナイは話しかけてもカラ返事しかしてくれなくなった。

 タエラリニス


 翌日。ズラナイとの交渉がうまくいかなかったので、今度はライバルのタエラリニスの説得を試みることにした。以前聞いていた連絡先に問い合わせると、案外簡単に会うことができた。

 「実は、昨日ズラナイさんとお話しすることができまして。シャンタック鳥とネクログラフトを使ったヘルスケアの事業についてお話ししたところ、大変興味を持ってもらったんですよ」

 何度も練習した通りに、チューファは話を切り出す。思った通り、タエラリニスはすぐに食いついてきた。

 「どういうことですか、エストライヤーさん。私に黙ってズラナイに事業計画を持っていくなんて。どうして私に先に話を持ってこないんですか!」

 申し訳なさそうな表情を作るチューファ。もう少しだ。

 「すいません、成り行きでそうなってしまいまして。でも、場合によってはこの話、なかったことにもできますよ。」

 タエラリニスはすぐに反応した。

 「言いなさい!」

 「ウィンド・フォール号のオークションに参加するのを止めていただけたら、便宜をはかります。」

 タエラリニスは5秒ほど口元に指を当てて考えた。そして、はっきりと言った。

 「そういうことですの。分かりましたわ。その代り、ズラナイとの合弁事業は諦めてもらいますよ。」

 はい。もとからそんな話ありませんし。

 タエラリニスを丸め込んで、意気揚々とエストライヤー宅に戻ったアットホーム特急便のメンバーだった。情報端末を調べてみると、イクサンダーからのメールが入っていた。タイトルは「場合によっては」で、本文は以下のようなものだった。

セヴァランナ様の対策は万全でしょうか?もし必要であれば、当方でオークション会場に彼の方が到着する時間を遅延させることも可能です。必要でしたら、ぜひお声がけください。


 セヴァランナ

 ダメでもともと。チューファがセヴァランナに電話をかけて面会を申し入れると、彼女のオフィスで会ってくれることとなった。例によって、アットホーム特急便のメンバーはボディーガードと称して、エストライヤーに扮したチューファについていくこととした。

 セヴァランナのオフィスは、彼女の執務用のデスクと、応接用のソファーとテーブルがあるだけの広い空間だった。場合によっては、ここに机を運び込んで、簡易の事務所にするつもりなのかもしれない。セヴァランナはケータリングを頼んで、一行をもてなしてくれた。

「エストライヤーさんは、最近バイオ系の投資にご執心とか。でも、今回の黄金の荷船は主に希少鉱石が積まれているって話でしょう?」

 執務用のデスクに座ったまま、セヴァランナはチューファに話しかけた。彼女は、アンダインとラシャンタのハーフで、額に小さな触角があった。

「どうしてオークションにご興味を持たれたのかしら?関連が見えないわ?」

 デスクの上にあるお皿からお菓子を一つ掴むと、口に放り込んで咀嚼しながらチューファの返事を待つ。顔は微笑んでいるが、目は笑っていない。オークションの話はまだしていないのだが、エストライヤーが黄金の荷船を狙っていることは、周知の事実らしい。バイオ系の話もしてないと思うのだが、それについても、筒抜けということか。

「えーっと、それはですねー。私も商売上知名度のようなものをあげなきゃいかんと思っているところでして...」

 チューファはそこまで言うと、ケータリングの皿から食べ物をつまみ上げて、口に放り込んだ。食べている間に、なんとか良い返しを考えようという作戦だ。他のメンバーは、応接用のソファーに座り込んで、心配そうにチューファを見つめながら、食事をとっていた。頼む、変なことは言わないでほしい。

 その時、オフィスの入り口の扉が小さく開いて、隙間から銃口がのぞいた。間髪入れず、銃声がする。そして、セヴァランナのデスクの上にあった装飾用の花瓶が、破裂した。威嚇か?それともセヴァランナを狙って外したのか?

 考えるのは後でいい。フォウは、瞬歩の能力を使って部屋の外に瞬間移動した。上手い具合に、扉の前にいた男の背後に立つことができた。こいつが賊だろう。フォウは、男を背中から思い切り蹴りつけた。男は、バランスを崩して部屋の中に倒れこむ。そこには、ツルハシを振りかぶっているタイタスがいた。

「その男を殺さないで!」

 セヴァランナがそう叫んだ。タイタスはツルハシの柄を掌の中で90度回転させると、大きなT文字の物体を男の肩に打ち込んだ。鈍い音がして、男が悲鳴を上げる。男は、その後も抵抗したが、やがて取り押さえられてしまった。

「ふふ。誰が刺客を送ってきたか、大体の見当はついているわ。でも、刺客本人から言ってもらえると、今後いろいろ役に立つわね。というわけで、この男は私に任せていただいても良いかしら?」

 セヴァランナはチューファに向かってそう言った。興奮しているのか、額の触角が、ピクピク動いている。もちろん、問題ない。

「でも、命を救ってもらったわけだし、何か見返りがないとフェアじゃないわね。じゃ、例のオークションですけど、私は手を引いて差し上げますわ。これでいかが?」

 全く問題ない。チューファは、満足そうにうなずくエストライヤーの真似をした。これで、オークションの主だったライバル達の対処は、おおむねできたはずだ。


5日目に続く