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20230129

ヤロ・ベリー

  BD-514

 "Pact world system"は、一つの太陽の周りに、10の惑星と、2つの宇宙ステーションを擁した、太陽系だ。その中、アブサロム・ステーションの近傍を、BD-514は飛行していた。BD-514はEJ Corporationの所有する宇宙船だ。キャンピング・カーと、救急車のアイノコを巨大にしたような見た目に見える。

 BD-514は高度に洗練された自動運転システムを保持しており、乗組員はたったの6人しかいなかった。その6人についても、宇宙船の運行についてはほとんど何も貢献しておらず、思い思いに好きなことをしていた。

 自室で腕立て伏せに従事していたのは、フォウ・シズルだった。筋肉質の男で、頭をそり上げている。以前は密輸業者をしていたとこのことだった。逮捕された後、刑務所で自重トレーニングにハマったらしく、BD-514でも行っている。人口重力を上限いっぱいに上げて運動するため、もっぱら他のクルーがいない自室で筋トレを行っている。

 操縦室で、しゃがみこんでいるのはシアン・サーティだった。中性的な見た目のアンドロイドで、ともすると子供のように見える。とある犯罪組織が製造したアンドロイドであるため、製造時点から良心回路が取り除かれていた。本人には悪気はないのだが、考えられる限り最も邪悪で順法意識のない発言をすることが多い。宇宙空間では暇なのか、電池が切れたかのように座り込んでばかりいる。

 シアン・サーティの近くで白い粉を鼻腔から摂取しているのは、蟻人間(シレン)のウバタマだった。シレン族は緑色の外骨格を持っている直立している蟻に似ている亜人間である。本来は一族の代表者と同じ意識を共有し、コロニーを生成することで知られている。たまに一族の精神支配を逃れる個体がいて、コロニー外で生活することもあるらしい。ウバタマもそういう個体の一つなのだろう。白い粉は、麻薬のようなものだと思われる。しかしながら、外骨格にくるまれたウバタマの表情からは、摂取したものが上質のものだったかどうかはうかがい知れなかった。

 操縦室のシートに座って航路図を見ているのは、エルフのアルマトランだった。彼はEJ Corporationに10年務めているベテランであり、BD-514のクルーからもリーダーとして尊敬されていた。エルフの時間軸から考えると、10年はそれほど長い時間ではないが、EJ Corporationの社是、業務手続、雇用契約に詳しく、他のメンバーを導いていく立場だった。

 調理室でつまみ食いをしていたのは、人間の女性で、名前をチューファと言った。体中と頭髪になにやら派手な飾りをつけている。シャーマニズムに傾倒しており、装飾物はそれらに関連するものだそうだ。チューファの横で一緒につまみ食いをしている大男は、タイタスという名前だった。元鉱山労働者で、岩のような頑強な体をしている。鉱山時代から、どんな時でもツルハシを肌身離さず身に着けており、それはBD-514の中でも変わらなかった。
 

  タリカ

 BD-514のクルー達は、操縦室に集まって、メインモニターを見つめていた。そこには、ヘッドセットをかぶったカワウソ---彼らの同僚のタリカが映っていた。

「仕事の内容は、簡単。カストロヴェルのヤロ川のほとり、カバラットで採れた紫色の果物を運ぶだけ。鮮度が大事。6日以内に納品すればOK。仕入れは、プラット農園。納品は、アキトンの「カ」輸入代理店。「カ」の担当者は、シスキー。がんばって」

 確かに、簡単に思える。しかし、騙されてはいけない。EJ Corpの仕事が、簡単なことなどないのだ。BD-514のクルー達は、タリカからの映像通信を見終わると、操縦室から離れていった。

  カストロヴェル

 カストロヴェルは、雨が降っていた。タイタスがBD-514の自動操縦を手動に切り替えて、宇宙港へ船を着陸させた。ここからプラット農園までは、カーゴ・リグでの旅になる。カーゴ・リグは、底から空気を噴射することによって地上すれすれを移動するトレーラーだ。大型の、ホバー・カートのようなものだと思えば良い。

 プラット農園に到着すると、触角が1本もげたラシャンタが出迎えてくれた。ラシャンタは、頭から昆虫の触角が生えた人間に似たヒューマノイドだ。彼の名前は、農場と同じでプラットと言った。彼が言うには、自分のデーターパッドの調子が悪いようで、納品処理ができないらしい。

 クルー達は、仕方がないので一旦カバラットまで戻り、データーパッドへのハッキング・ツールを買ってきた。メカに疎いプラットの代わりに、アルマトランがデーターパッドの修復を行った。どうやら、誰かにハッキングを仕掛けられていたらしい。プラットは、誰がそのようなことをしたのか全く心当たりがないようだった。

 「まあ、考えてもしょうがないね」

 誰ともなくそういい、ヤロ・ベリーの積み込みを開始した。思ったよりも量があったため、積み込みには8時間もかかってしまった。作業が終わったのは、もう日も暮れたころ。鮮度が大事だということなので、そのままカーゴ・リグでBD-514まで戻ることにした。

 帰路の途中、カバラットの市街地に入ったところで、カーゴ・リグの目の前に老婆が通りかかった。あやうく、カーゴ・リグとぶつかりそうになる。老婆の驚いた顔が、運転していたアルマトランとタイタスの目に入って、そして見えなくなった。驚きのあまり倒れこんだのか、それともぶつかってしまったのか判断できない。2人は運転席から外に出た。

 それと同時に、カーゴ・リグの後方から、バイクに乗ったゴブリンたちが襲ってきた。こんなこともあろうかと、荷台で見張りをしていたフォウ、シアン、ウバタマ、チューファの4人は、荷台から降りてゴブリンを迎え撃った。ゴブリンは大して強くなく、やがて退治されてしまった。

 運転席の近くでは、アルマトランとタイタスが老婆を探していた。老婆は、実はアンドロイドだった。爆弾で攻撃をしてくる。ゴブリンの仲間なのであろう。手ひどい傷を負ったが、何とか倒すことができた。

  アキトン

 カストロヴェルから離れて通常航行をしていると、海賊と思われる宇宙船が2隻現れた。フォウがBD-514を自動航行から手動航行に切り替え、慣性移動で宇宙船をやり過ごした。BD-514には武器を装備していないため、ドンパチになった場合に勝てる見込みはないのだ。

 カストロヴェルからアキトンまでは、3日かかった。積み荷をした日を含めると4日だ。締め切りまであと2日ある。アキトンのハイブ・マーケットにカーゴ・リグで移動し、「カ」輸入代理店の住所までやってきた。しかしながら、看板は「カ」ではなく「イチハラ」輸入代理店になっている。データパッドで担当者のシスキーと連絡を取ろうとしたが、連絡がつかない。

 しかたがないのでイチハラ輸入代理店を訪問してみた。すると、腕が四本あって、下あごからイノシシのような牙が生えている巨体の男が二人出てきた。ショブハットだ。二人とも、手にサブマシンガンを持っている。男たちに要件を伝えると、オフィスに通された。おっかなびっくりビルに入っていき、社長室らしき部屋に入ると、そこには赤い肌のヒューマノイドの女性が椅子に座ってこちらをみていた。足はデスクの上に投げ出されて、靴の裏をこちらに向けている。

 赤い肌の女性は、アインスレイと名乗った。アルマトランが要件を伝えると、面白いおもちゃを見つけたような顔をしてこう言った。

 「カ・輸入代理店はイチハラに買収されて、もうなくなってしまったのさ。したがって、ヤロ・ベリーを買い取る話もなーし。残念だったね。でも、あんたたちも手ぶらじゃ帰れないだろうから、そうだねぇ。半額なら買って上げてもいいよ。」

 いやだ。BD-514のクルー達は、丁重にお断りすると、他を当たってみると告げた。するとアインスレイは、さらに顔を輝かせて言った。

 「他を当たる!がむばって!あはははー!」

 甲高い笑い声を聞きながら、イチハラ輸入代理店のビルを後にすると、クルー達はカーゴ・リグに乗り込んだ。ビルの外までついてきたショブハット達だが、特に何かをするわけでもなく、黙ってカーゴ・リグが出発するのを見守っていた。

 BD-514に戻ると、クルー達は遅くまでやっている飲み屋に向かって、最近のハイブ・マーケットの噂話を聞きこむことにした。それによると、ゴールデン・リーグというやくざ組織が、イチハラ・ホールディングスという会社をフロント企業として使っているらしい。シスキーはイチハラに逆らっていたらしく、殺されてしまっている可能性が高い。嫌な展開だ。

 夜が明けて朝になると、BD-514に昨日のショブハット達が訪れてきた。3人とも、サブマシンガンと槍で武装している。

 「どうせ他のどこにも売れなかったんだろう?かわいそうだから迎えに来てやったぜ。昨日は半額だったけど、今日はいくらで売れるんだろうな?2割ぐらいか?」

 半額でも売れないの?BD-514のクルー達は、今度も丁重にお断りしたが、ショブハット達はそれを聞くと、いきなり襲ってきた。戦闘は熾烈を極めた。フォウが槍に刺されて死にそうになり、そうそうに戦列を離れた。しかし、タイタスがツルハシでショブハットの一人を串刺しにすると、それをみて残りの2人が一瞬ひるんだ。それを見逃さずウバタマが魔法で攻め、何とか倒すことができた。

 その後、ハイブ・マーケットのいろんな会社・八百屋などに電話をかけて、買い取りの交渉をしたが、一番高いところでも35%の値段でしか買ってくれなかった。いまさらアインスレイに持って行っても、これより高い値段で買ってくれる見込みはない。仕方なく、35%の値段ですべてのヤロ・ベリーを売り払い、売り上げをすべてEJ Corporationに振りこんだ。

武器

  アポスティ

 ヤロ・ベリーの納品を済ませた後、BD-514はすぐにアキトンを離れた。次の仕事を指示されるまで、慣性移動をしながら時間をつぶすことにした。すると、いくらもしないうちにタリカから通信が入ってきた。

 「ヤロ・ベリーの件は、残念。EJ Corpはケチだから、プラット農園はお金ちょっとしかもらえなくて大変かもね。次は、ドラウのロード・シンジン様から、ヴォーザのギデロン・オーソリティに銃を運ぶ仕事。アポスティでシンジン様のエージェントのタクセ様に会って、銃を受け取る。そのあと、ヴォーザに行って、ギデロン・オーソリティのバッシュ司令官に納品。高マージン案件。がんばって。」

 慣性移動から、惑星間移動に切り替える。そのうち、宇宙虫がBD-514の船体に張り付いてきたので、クルー全員で退治した。

 アポスティでは、「ラマシュトゥのねぐら」という酒場で、タクセと会った。武器は、タクセの方でBD-514に積み込んでくれるらしい。ヤロ・ベリーとくらべると、楽な仕事だった。

  ヴォーザ

 ヴォーザは、高い山が多くて、雪と氷に包まれている。BD-514から、カーゴ・リグに乗り換えて、ギデロン・オーソリティのキャンプまで運搬する。途中、ギデロン・オーソリティ所属のホブゴブリンが荷物の臨時検査を行ってきたので、ついでにキャンプまでの道順を教えてもらった。

 キャンプでは、クウォーター・マスターのシブが出迎えてくれた。武器の納品はできたのだが、バッシュ司令官は別の場所にいるらしい。ギデロン・オーソリティのトラックに荷物を積みかえて、バッシュ司令官のいる場所まで運んだら、支払をすませてくれるらしい。聞いていない話だが、しかたない。荷物の積み替えは、ギデロン・オーソリティがやってくれるらしい。

 荷物の積み替えが終わるまで、キャンプの敷地内で暇をつぶしていた。すると、キャンプ内で飼われていた犬が逃げたらしく、BD-514のクルー達に襲ってきた。

 フォウは拳骨で犬を殴り、アルマトランは長い長剣で犬をたたき伏せ、タイタスはツルハシで犬を殴った。シアン・サーティは銃を乱射し、チューファはダンスを踊り、ウバタマはマジック・ミサイルを撃つ。今の時代、銃以外の武器で戦うのはかなり珍しいらしく、キャンプにいたホブゴブリンたちは、クルー達の戦いぶりに興奮して大声を上げていた。

 犬の退治をした後、地面に座って休んでいるアルマトランに、一匹のホブゴブリンが近寄ってきた。ホブゴブリンは、ギデロン・オーソリティに対抗しているレジスタンスについて話し出す。そして、アルマトランに協力を求めた。しかし、EJ Corporation歴10年のアルマトランは、それを丁重にお断りした。ホブゴブリンは、残念な顔をして、その場を去っていった。

  納品までの道

 武器は、2台のトラックに分けて積まれた。BD-514のクルー達は、1台目のトラックに乗り込んでいた。どうやら、運転も任されているらしい。2台目は、ギデロン・オーソリティのホブゴブリンが面倒を見てくれるらしい。移動は、夜に行われた。

 山道に差し掛かると、荷台に隠れていたドワーフが、急に姿を現した。それと同時に、空からヘリコプターのような乗り物に乗ったレジスタンスがトラックを襲ってきた。

 「お前らには恨みはないが、正義のために死んでくれ!」

 と叫ぶドワーフ。アルマトランは、この声に聞き覚えがあった。キャンプで話しかけてきたホブゴブリンと同じ声だった。

 空を飛ぶ乗り物に乗った敵を倒すのは大変だったが、ウバタマのマジック・ミサイルを駆使してなんとか倒すことができた。荷台に隠れていたドワーフも、かなりのつわものであったが、多勢に無勢。最後は倒すことができた。

 と、安心したのもつかの間。後ろを走っていた2台目のトラックは、ヘリコプターの自爆攻撃を受けて、爆炎を上げていた。積んでいた武器は、もう使い物にならないだろう。「あーあ」それを見て、シアン・サーティが声を上げた。

 その後、バッシュ司令官に武器を引き渡すことができたが、予定の半分の量しか届かなかったことに対して、彼は不満げだった。しかしながら、我々に言われてもしかたがない。文句をいうなら、2台目のトラックに乗っていたホブゴブリンに言って欲しい。

 クルー達は、面倒ごとはごめんだとばかり、納品後すぐにキャンプに戻った。カーゴ・リグに乗り換えると、BD-514に戻り、一目散に宇宙空間に発進した。慣性移動に移行すると、数日してタリカから連絡が入った。

 「今回の件は、会社の損害、計り知れない。アブサロム・ステーションに帰還して。」

 タリカの表情からは、事態がどのくらい深刻なのかはよく読み取れなかった。

宇宙船

  脅迫

 BD-514のクルーたちは、アブサロム・ステーションのアルマダに来ていた。前回のミッションのスポンサーだった、ロード・シンジンから呼び出しを受けたのだ。運ぶ予定だった武器の半分を失ったのだから、お礼を言うために呼び出したわけではないだろう。アルマトランは「気が進まないな」と愚痴を言った。EJ Corpは、クライアントへの謝罪も宇宙船のクルーにさせるつもりなのか。

 アルマダの宇宙港では、いくつもの宇宙船が連結されることにより、ちょっとしたミニ・宇宙ステーションのようなものが構成されていた。その中でも、「キング・チャーニーズ・ウィスパー」には、多種多様な娯楽施設を持つ宇宙船が集まって接続されており、巨大なアミューズメント複合施設となっていた。案内に従ってキング・チャーニーズ・ウィスパーに乗り込むと、デミンダという名前のドラウに迎えられた。デミンダは人間でいうと20代に見える若い女で、黒い色の肌と、瞳孔のない白い目をしていた。

 デミンダに促されて、宇宙船内のバーに向かっていった。そこには、えんじ色の絨毯が敷かれた広い空間があった。天井も、宇宙船とは思えないほど高い。ところどころにテーブルとソファーが設置されており、ちょうどとなりのテーブルの会話が聞こえないくらいに離れている。客はまばらにしか入っていなかった。

 一番奥のテーブルに通されると、クルーたちは、シンジンが現れるのを待った。10分ほどすると、青い肌、長い耳、白い長髪、白い眼をした男が現れた。額には赤い宝石が付いたサークレットをしている。アルマトランは立ち上がって挨拶をしようとしたが、男はそれを手で制して、自分もテーブルの対面のソファーに腰を掛けた。デミンダは男の後ろに控えている。

 「私が、近ごろ君たちのおかげで大損害を被った男、シンジンだ。私としては、君たちを切り刻んで宇宙空間に放出してもいいくらいに思っているのだが、今日君たちを呼び出したのはそのためではない。何か飲むかね?」

 物騒な第一声に、タイタス、アルマトランは言葉を失う。フォウは、なんとか勇気を振り絞って、「一番高い酒を、ボトルで」とデミンダに伝えた。デミンダは、人数分のグラスを用意させると、それぞれに指二本分の液体を注いだ。シンジンは、自分のグラスを口に運ぶと、要件を話し始めた。

 「君たちには、仕事をしてもらいたい。報酬は、50000クレジット。後払いだ。EJ Corpがnull space technologyという技術を開発したことを知っているかね?宇宙船の内部空間を、宇宙船の外部容積より大きくする技術なんだ。いうなれば、宇宙船版の、bag of holdingみたいなものだな。EJ Corpはすでにプロトタイプを作成していて、アバルーンの衛星にあるHorse eye orbital plateにその宇宙船を隠しているようなんだ。宇宙船の名前は、オリファウントと呼ばれている。」

 「君たちの仕事は、このオリファウントを盗んで、私に引き渡すことだ。君たちは、この前のヘマのせいでそのうちEJ Corpを首になる予定だが、まだしばらくは社員の資格を保持できるだろう?そのIDを使って、EJ Corpの研究施設に忍び込んでほしい。」

 「null space technologyは、一企業が独占して持ってよい技術ではない。公開し、皆がその利益を享受するべきだと思わないかね?世直しだと思って、ぜひ引き受けてほしい。また、君たちもEJ Corpにはあまりよくしてもらってなかったんだろう?仕返しするいいチャンスじゃないか?では、詳しいことは、あとでデミンダに聞いてくれ」

 シンジンは、グラスをテーブルに置くと、ソファーから立ち上がって上着の襟を直した。

 「私はこれで。断らないよな?」

 テーブル越しに、一人一人の顔を見つめる。顔には表情がない。いやな空気が流れる。そのうち誰かが「はい、断りません」とボソッと言った。それを聞くなり、くるりと背中を向けると、シンジンはフロアを後にしていった。